『茂吉のプリズム』斎藤茂吉150首抄 / THE PRISM OF MOKICHI

茂吉のプリズム『茂吉のプリズム』

訳者:北村芙佐子・中川禮子・結城文
監修:ウィリアム I . エリオット

あとがきの一部より

「斎藤茂吉の短歌を英訳したいということは、もう何年か前に中川禮子から話があった。今海外で最も知名度が高く、研究されている歌人は石川啄木であり、与謝野晶子であるが、日本の伝統定型詩、短歌を紹介してゆく上には、斎藤茂吉の歌を少しまとめて英訳することが必要である。
 茂吉の歌については、 ドナルド・キーン氏のコロンビア大学の教え子 Amy Heinrich 女史の研究と英訳があるが、我々日本人の、しかも歌人の側からの英訳を試みてみたいという北村芙佐子、中川禮子、結城文の三人の熟女(?)の気息が揃った。
 2012年春、横浜の近代文学館で「茂吉再生― 生誕130年斎藤茂吉展」の催しがあり、また同年秋、世田谷の文学館における「斎藤茂吉と北杜夫『楡家の人びと』展」の催しにも、三人で出かけた。何故、茂吉なのか?―― 三人三様の答はあろうし、なかなか語りつくせないとも思うが、ひとまず基本的な共通項を述べてみよう。
 なによりもまず、短歌にたいする茂吉の終生かわらぬひたむきさにうたれる。それは『赤光』『あらたま』などの初期の歌集から『白き山』『つきかげ』などの後期の歌集にいたるまで一貫している。展示会でも川を前にして冬の傾斜地に立ち作歌している茂吉の後ろ姿の写真があり、顔の表情は見えなくとも、その切実さはひしひしと伝わってくるのであった。
 茂吉は少年期に東北から斎藤紀一の養子となって東京に出、戦時中に東北に疎開し、終戦後ふたたび上京するという軌跡を辿っているが、たとえその身は東京にあっても、みちのくに深く根をおろしていたといえる。
 しかし、茂吉の偉大さは、深い根と同時に「迦陵頻伽の私生児(わたくしご)の田螺(たにし)」のような、想像力という強い飛翔の翼をもっていたことである。子規を尊敬して「アララギ」によった茂吉ではあるが、もし彼が「明星」によっていたらどうなっていたろうかと、よくいわれるのは、そのためではないだろうか。


発行:ながらみ書房
歌集
ISBN978-4-86023-858-2
2013年12月
¥2,100



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